
夜見る夢にヒントをもらう(最新バージョン)
昨日、久しぶりに仕事関連で思い悩むことがあり、どっと疲れたところでした。
そんな中で、夜、夢を見ました。
なんだか今の自分に関係がある気がしたので、記録も兼ねてここに記録しておきます。
本日の夢
夢の中で私は体育館のようなところで、人が沢山いるところにいました。
雰囲気からすると、入学式とか卒業式とかそういう学校のイベントのようで、保護者も沢山集まっているようでした。
夢の中の私も保護者の一員として、そこにいたのですが、突然、近くにいた知り合いの方(いわゆる、ママ友のような関係性)がマイクをとって歌い始めました。
その方は夢の中でも現実でもとてもおしゃれでセンスがよく、憧れのお母さんですが、夢の中ではとても歌が上手で、みんながその歌に圧倒されて聴き入っていました。
その歌が終わるとさぁ大変。
どうやら次は私の番のようです。しかも、なぜか一青窈の「ハナミズキ」を歌うことになっていました。
私は先ほどのお母さんのように歌えない。
これは大変だ、と体育館のステージの袖にいる男性(主人だったか、そうではなかったかちょっと曖昧)に「歌えないから、曲を変えてくれ。やることを変えてくれ」と頼みに行くのだけど、「今更もう変えられない」みたいな返答が来て、焦ります。
仕方がないから、ステージの上に上がって、聴衆の前で正直に、
「皆さん、こんにちは。私は〇〇の母で、こうこうこういう仕事をしているものです。残念ながら、先ほどのお母さんのように上手には歌えないのですが、それが私ですので、そのまま歌いたいと思います。ご容赦いただけたらありがたいです」
というような内容のことを言い、曲の前奏が流れて歌い出す、というところで目が覚めました。
夢の中では歌うところまでは行ってはなかったのですが、なぜか、夢の中で自分はこの聴衆から受け入れられると確信して、安心している感覚が残って目が覚めました。
目を覚まして、気づいたこと
目を覚まして、思いました。
あぁ、そうだ。私は、決して器用でも、センスがいいわけでもない。
何か素晴らしい知識や経歴やスキルを持っているわけでもない。
ただ、正直であること、あるがままであること、そこを偽らずに生きていること、それだけを売りに生きてきているのだから、もうやっぱりそれをそのまま全うしていくしかないんじゃないんだろうか、と。
ちょうど私は昨晩、
「私が提供しているもの、これで大丈夫だろうか。何か変えた方がいいのだろうか。でも、今だって十分に考えて、工夫してやっている。もちろん、手を加えられるところもある。そこはするし、ニーズは当然ながら取り入れるけれど、根本のスタイルみたいなのは変わらないんだよな」
みたいなことを思いながら、寝たのです。
それに対して、夢が応えてくれたような気がしました。
その後、夢の中の「聴衆側」になってみるワークをすると、聴衆側は特に何も思っておらず、受け入れてくれているということが感じられました。
聴衆側にも聴衆側の事情があって、眠かったり、他のこと考えていて聴いていなかったりはするけれど、基本、誠意を持って歌っている姿を好意的に受け止めているし、そもそもそんなに期待もしていないし、「そんなもんだよ、いいじゃん」という感じ。
それを感じられて、少しほっとしました。
少なくとも、私の内的世界はそうなっている。
外の世界は自分の内的世界の投影だと思って生きています。
なので、多分、大丈夫なはず(笑)
生きていれば色々なことがありますが、自分の内側と繋がりつつ、整理しつつ、引き続き現実の世界を生きていきたいと思います。
