学校とのコミュニケーションへのエッジ
子供が小学生になって3ヶ月。
そろそろ、子ども同士の人間関係にも少しずつ「親としては心配な様子」が見えることも出てきました。
詳しいことは書きませんが、そういう様子が見えると、「学校に相談した方がいいのだろうか」と迷う場面も生まれてきます。
一方で、「こんなことを伝えたら、細かい親だと思われるかな。」という思いも自分の中に生まれます。
「モンスターペアレント」という言葉がよく聞かれるようになった今、この感覚は、多くの親御さんが一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
私も多くの親御さんと同じように、そんな思いを抱えながら、最近、学校とのやりとりをしました。
その中で、「今まで学んできたことは、ここで生きるのね」と感じたことがあったので、こちらにも簡単に記録しておきたいと思います。
コミュニケーションの中で見えた自分の成長
自分が抱える心配や、子供の様子を学校に伝える時、私も文章を書きながら何度も文章を読み返しました。
(基本的は文章でのやり取りが基本の学校です)
事実と、自分の解釈が混ざっていないだろうか。
自分の不安だけを相手に預ける文章になっていないだろうか。
自分が持っている「自分の大切な存在が誰かに大切にされなかった怒り」をぶつけるような文章になっていないか。
学校に何かを要求したり、関係者を罰したいわけではなく、今起きていることの情報共有しておきたいという気持ちが、ちゃんと伝わるだろうか。
そんなことを考えながら文章を何度も書き直しました。
幸い、娘が通う学校はかなり社会性や感情の教育に力を入れている学校であり、また、私が学んできたコミュニケーションスタイルとも親和性がある学校なので、概ね、私の意図通り受け止めてもらえて、ほっと一息ついています。
同時に、「子供がトラブルに巻き込まれて嫌な思いをしているかもしれない」みたいな感情が動く状況で、落ち着いて、様々な立場から物事を見ながら、一つ一つの出来事だけでなく、構造を伝えるというようなコミュニケーション方法を自然にしている自分を見て、随分と鍛えられてきたなぁ…と感慨深く思う部分もありました。
元々の自分と学んできたこと
私はもともと、もっとダイレクトに感情をぶつけるタイプのコミュニケーションをする人間だと思います。
でも、クリパルヨガのトレーニングを通じて意識的コミュニケーションを学びました。
ここでは「自分の中に起きていることに気づき」「主語を”私は(I)”にして自分の”感じていること”を伝え」「自分のニーズを伝える」ということがかなり徹底されます。
その後に、私はクリパルヨガの本部であるアメリカ・マサチューセッツのクリパルセンターのボランティアプログラム(週5・1日8時間施設で働く代わりに、ベッドと3食とヨガクラスが自由に受けられる権利を与えられる)に半年間参加しています。
ここでは、本当にリアルなコミュニティ(働いたり生活したりする関係)の中で上の意識的コミュニケーションの実践をします。
英語ネイティブがほとんどの中で、人種的にマイノリティでありながら、英語でそのコミュニケーションをするので、色んな面でかなり鍛えられたと思います(苦笑)
そのあと、プロセスワークで葛藤をどう扱うのかを学んできたことで、随分と「ただ感情をぶつけるのではなく、客観的に起きていることの構造や自分の懸念、自分のニーズをちゃんと伝える」(同時に関係者の声にも耳を澄ます)ことが自然に身についていることを感じました。
(未だにパートナーとの間ではダイレクトに感情をぶつけるコミュニケーションをしてしまいますが汗)
そうか、これまでに無駄に(苦笑)鍛えられてきたことは、ここで役に立つことだったのか。
そして、そこで使う言葉が通じる人たちはここにいたのか。
そんな、ちょっとした驚きを感じずにはいられない出来事でした。
そう感じられる場所ににいられていること、それ自体が、すごくありがたいし、様々な場面で選んできた道が決して間違っていなかったのだと感じます。
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