9月末から連続していた子供のイベントラッシュがひと段落して、ほっと一息しています。
子育ては楽しい。
でも、もちろん、自分の時間がなくて進まない仕事にイライラしたり、「お母さん、お母さん」と常に求め続けられることに(幸せを感じつつもついつい)疲弊していまうこともたくさんあります。
それでもなお、子供を授かり、育てるという機会を与えてもらったことで、私自身の世界が広がったこともたくさんあり、それはシンプルに純粋にありがたいと思います。
今日はそんな中で、子供がいることで私に開かれた新しい扉のお話を二つしたいと思います。
子供が開いてくれた新しい扉ーフィリピン・セブ島との関わり
先日、子供のセブ島親子留学でお世話になった学校からご連絡をいただき、私が密かに個人での仕事をお休みしている間に書いていた「現実世界向けの」ブログを学校のウェブサイトにご掲載くださるということで、喜んで載せていただきました。
セブ島への留学というのも、子供がいなければしなかったことだと思います。
小さい頃からアメリカからの影響が大きく(出身地の土地柄どうしても)、アメリカ以外は外国だとあまり認識できていなかったところがどうしても自分にはあったと思うので(それがいいことだとは思わないけれど、無意識にそうなっていった)、留学先にフィリピンというのは自分では考えたことのあまりない選択肢でした。
でも、子供が生まれ、英語保育の園に行く中で、フィリピン出身の先生方の明るさや大らかさ、もちろんダメなことはダメだとはっきり言うけれど、それ以上に感じられる子供への愛情深さに触れることができ、すっかりその魅力に惹かれています。
セブ島に行ってみれば、そこは豊かさと貧困の落差が想像以上にはっきりとした土地で。

旅行のパンフレットで見るキレイな海やおしゃれなショッピングモールなんて、本当に一部でしかないことに気づきます。

思った以上に自分がイメージする「戦後の日本」感がある建物が大多数を占める街並みに最初は戸惑いもしたけれど、その中で逞しく生きる人々に、そして日本にはないカオス感に、なんだか「また行きたいな」と思わせてくれる何かがある気がします。
そして、やはり、セブ島に行ってもフィリピン人の先生は子供にとても愛情深い。
もちろん、それがお仕事だからというのはありますし、私達が接する方々が教育に関して専門的に学ばれてきた方々だからというのもあるのですが…。
ベースに「子供を愛情を傾けるべきものとして見る気持ち」みたいなのが共通してあるように感じ、それは子供を預ける身として、とてもありがたく感じています。
(でもそんな先生でも、ストリートチルドレンに対する態度はやっぱり厳しい。そうしないと、求め続けられてしまう現実というのがあるのだと思います)
子供が開いてくれた新しい扉ー今まで触れる機会が少なかった世界観
また、フィリピンの方々は本当に信仰が深い。
こちらの記事(別ブログ)でも書いているのですが、2回目の留学は「シヌログ祭」という幼き頃のイエスを讃えるお祭りの時期に行ったのですが…。

何千人もの人が早朝から何時間もかけて暑い中巡礼される姿に本当に圧倒されましたし、多くのタクシーの運転手さん(中には車内がめっちゃオシャレに改造してあるイケイケのお兄さんの運転手さんまで)必ず、何かしらの宗教的なもの(ロザリオなど)を車内に置いたり、身につけられている姿を見て、この土地の人々に根付いている信仰の深さというのを感じました。
うちの娘も、そういう背景を持つ先生に園で世界の成り立ちを習っているおかげで(キリスト教系の学校に行っているわけではないのだけど)、人間は猿から進化したという科学で言われる説に加えて、この世界はGodが作っているのだと説明してくれたり、やたらと聖書に出てくるお話をYouTubeで見ていたり、「40日間雨が降って、41日目に雨が上がったんだよ!」とノアの方舟の一部を突然話し出したりと、なかなか親では開いてあげられなかった世界観を取り入れつつあります。
もちろん、それが自分の家の宗教的に良いのか、というツッコミどころはあると思う。
でも、知らなければその宗教は選べないし、教養としてキリスト教的世界観を知っておくことは今の世界で決して人生においてマイナスにはならないのではと思うので、我が家ではポジティブに捉えています。
私自身の世界観は?
ちなみに私の宗教観・世界観はといえば、どちらかというと仏教の影響が明らかに強いので…。
育った家(というか母の方の実家)は浄土真宗ですし、母方の祖父がかなり熱心な浄土真宗の門徒だったので、私自身もその影響が大きいと思います。
(『親鸞さまと私』とか読んで育ったしな。大学一応、インド哲学・仏教学専攻だしな。)
とはいえ、子供に伝えられるほどその世界観を身につけていたり、生きているかと言われるとかなり怪しいです。
信じるもの(宗教だけでなく、科学も含めて)がはっきりしていないからこそ人生で揺れた部分というのは大きかったと思うので、子供がどのような世界観を選ぶにしろ、自分で知って、選んで、それを生き、身につけていくプロセスというのは見守ってあげたいと思います。
と、同時に、自分が40年生きる中で触れることのなかった世界観に触れるというのは私自身にとってもとてもありがたい機会です。
留学であれ、新しい世界観であれ、新たに開かれた扉をしばらくは子供と一緒に探求してみたいと思います。
*この記事はあくまで私個人の体験・主観を記したものです
信仰そのものを評価する意図はありません

